京都・ 清水寺の見所(見どころ)と境内の観光コース(まわり方)【地図付き】

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京都・ 清水寺の見所(見どころ)と境内の観光コース(まわり方)【地図付き】

清水寺の境内は参拝の順路が決められていますので、基本的に一方通行となります。

そして清水寺の境内を拝観されるの順路(コース)としては、以下のようなコースで周ると隈無く(くまなく)割とスムーズに周ることができます。

以下はあくまでも一例ですので、ご参考にしていただいて、あなた自身で考えてみてください。

馬駐⇒仁王門(仁王像)⇒鐘桜⇒西門⇒三重塔⇒水子観音⇒随求堂⇒中興堂⇒春日社⇒成就院(公開時期のみ)⇒経堂⇒北総門(石仏群)⇒朝倉堂⇒開山堂⇒拝観券購入⇒入口⇒手水舎⇒轟門⇒回廊⇒出世大黒天⇒本堂(舞台)⇒地主神社⇒納経書(御朱印・お守り授与)⇒西向日地蔵堂⇒釈迦堂⇒阿弥陀堂⇒百体地蔵堂⇒奥の院(濡れて観音)⇒泰産寺(子安の塔)⇒滝の堂(御朱印・お守り授与)⇒音羽の滝⇒茶屋(休憩)⇒アテルイ・モレの碑⇒帰途

京都・ 清水寺の境内の地図

京都・ 清水寺の境内の地図注意点としては「納経所」の前の階段は原則一方通行(納経所→音羽の滝への下り)となっていますので、納経所で御朱印をいただくのを忘れて音羽の滝のあたりで気づいた場合、再び本堂から回って納経所に向かうことになります。

京都 清水寺・「音羽の滝」

清水寺・本堂の「音羽の滝」清水寺のみどころと言うと、どうしても雄大な「清水の舞台」ばかりがクローズアップされがちですが、清水寺の歴史とロマンを感じながら、「本堂」や「音羽の滝」を堪能するのも、また乙というものです。

音羽の滝に関しての詳しい詳細は、当サイトの別記事にてご紹介しています。↓

京都 清水寺・随求堂(ずいぐどう)

清水寺・随求堂の「胎内くぐり」本堂の受付の手前にある「随求堂」と言うお堂があります。

この随求堂は、清水寺の境内にかつて存在した「慈心院」の本堂(伽藍・がらん。・塔頭)です。

創建時期は不明。

  • 本尊:「大随求菩薩(だいずいぐぼさつ)」(秘仏)

前堂と後堂があり、大きさは以下のようになります。

  • 前堂の間口:約16m
  • 前堂の奥行き:約10m

その他にも以下のような神様がお祀りされています。

  • 安産の神様:「粟島明神(あわしまみょうじん)」
  • 縁結び・金運向上の仏様「大聖歓喜天(だいしょうかんきてん)」(秘仏)

「大聖歓喜天」は、すべてのご利益を持つと云われる仏様で、像の頭部に人間の身体を持った仏様です。

現在、見ることできるお堂は、江戸時代の1718年(享保3年)に再建されたものです。

清水寺・随求堂の見どころ「胎内くぐり」

このお堂では、「胎内くぐり」と言って、真っ暗なお堂の地下へ入ることができます。

この地下には、菩薩を意味すると言われる「梵字(ハラ)」が刻まれており、暗闇の中、この字に触ることができれば、願いが1つだけ叶うと言われています。

「胎内くぐり」の料金:100円
「胎内くぐり」ができる時間:9:00~16:00

京都 清水寺・仁王門【重要文化財】

清水寺・仁王門

  • 重要文化財指定年月日:1966年6月11日(昭和41年6月11日)

また、清水の舞台を下りて、お土産物屋が立ち並ぶ清水坂を下りきったところにある「仁王門」もみどころの一つです。

建立されたのは室町時代と云われておりますが、1467年~1477年に起こった「応仁の乱」で焼失しました。

その後、1490年代に再建されたと云われております。

現在、見ることのできる仁王門は、2003年(平成15年)に再建されたものです。

造りは室町時代の建築様式を代表する2階建ての「楼門(ろうもん)」です。

朱色のあまりもの美しさから、古来では、別名「赤門」とも云われ親しまれていたそうです。

清水寺・仁王門大きさ
  • 三間一戸(約5.5mの出入り口1つ)
  • 屋根の造り:檜皮葺
  • 幅:約10m
  • 高さ:約14m
  • 奥行:約8.4m

1階部分には仁王像(吽形像・阿形像)が安置されており、これは京都でも最大級の大きさを誇ります。

また、これらの仁王像は鎌倉時代に造られたものだと云われております。(作者不明)

京都 清水寺・仁王像

清水寺・仁王像 (2)門の両脇にある、高さ365cmの仁王像は、京都では高さ最大と言われています。

この仁王像の本当の見どころは、何といってもその足元です。

足元には、憤怒を表すかのような、浮き出た血管までもが彫られています。

清水寺・仁王像

清水寺・仁王門の見どころ「仁王門前の狛犬の像」

一方、逆に、仁王門前の狛犬像は、双方の像が同じ造りの「阿形像(怒面)」「阿形像(怒面)」が安置されており、これは、清水寺の七不思議であると云われております。

狛犬が七不思議である理由は、通常は仁王像のように以下のような像が2対セットになって存在するからです。

  • 吽形像(口を閉じ、怒り面を身の内にコラえた)」
  • 阿形像(口を開け、怒り面をアラワにした)」

京都 清水寺・三重塔

清水寺・三重塔

清水寺の三重塔は、平安初期に847年に創建され、それから後の、1632年(寛永9年)に再建されたと云われております。

現在、見ることできる三重塔は、1987年(昭和62年)に再建されたものです。

  • 高さ:31m(三重塔としては日本最大)

塔の内部には、「大日如来像」安置されており、如来像を囲むような形で四方を「真言七祖:(竜猛・金剛薩埵・竜智・金剛智・不空・恵果・空海)」の像も安置されています。

柱や天井には色彩豊かな「密教仏画」が描かれています。


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京都 清水寺・出世大黒天

清水寺・出世大黒天清水寺の本堂に入ってスグのところに、極めて、極めて!完成度の高い半笑いの大黒天の像があります。

この半笑いのレベルを例えると、大笑い爆発寸前0.5秒くらい前の究極の我慢半笑いを表したような・・そんな像です。はい。

「ココ重要!(観音様のお告げ)」
こんな半笑いができれば、世の中、困ることなく、すんなりと渡っていけます

京都 清水寺・「出世大黒天」の大きさ・造りなど
  • 高さ113cmの木造
  • 全身は黒色・朱色・金箔の漆塗り

「出世大黒天」が作られた年代と作った人

出世大黒天が最初に造られたは、室町時代だと云われています。

作者は不明。

ご利益を求めてか、お賽銭を出世大黒天に向かって投げる方が多く、その結果、お身体にキズがつき、2009年に修復作業をして、翌年の2010年に、再び現在の位置に戻ってきています。

現在では柵ができているため、触れることも、お賽銭を投げつけることがもできません。(お賽銭は、お賽銭箱へ入れましょう)

京都 清水寺・子安塔

京都 清水寺・子安塔

  • 創建時期:明応9年(1500)
  • 高さ:約15メートル
  • 屋根造り:檜皮葺
  • 重塔:三重塔

現在、見ることのできる子安塔は、2013年(平成25年)に再建されたものです。

子安の塔の由来は、塔の内部に「子安観音(千手観音)」をお祀りしていることに由来するものです。

子安観音は、ここ、清水寺以外にも、日本全国のお寺でもお祀りされている有名な観音様です。

ご利益はその名前の通り、「安産・子育て=幼子の育成」を加護してくださります。

現在のこの塔が建っている場所は小山の上に建っていますので、清水寺の舞台や舞台の下見える景色「錦雲渓」が一望できます。

写真家の方たちは、この子安の塔あたりから、こぞって写真を撮るそうです。

京都(清水寺)地主神社【重要文化財】

京都(清水寺)地主神社【重要文化財】京都・地主神社は、古来、「名勝・蓬莱山」と云われた、この山の頂に建立され、その創建年も「紀元前660年」云われています。

つまり、清水寺よりも、かなり以前に建立されていたことになります。

古来、現在の京都の大半が湖であった時代に、この神社が現在の小山の頂に建立されたのであれば、時代背景柄、納得ができるというものです。

江戸時代は、清水寺の鎮守社(清水寺の境内のお堂の一部)だったと云われており、京都の東山の地主神をお祀りしていたことに由来します。(地主権現)

しかし、明治初期の神仏分離の法律により、現在では独立した形態をとっています。

現在、見ることのできる社は、1633年(寛永10年)に徳川家光が再建したものです。

京都 地主神社の見どころ・「恋占いの石」

京都 地主神社の見どころ・「恋占いの石」地主神社の境内には、「恋占いの石」という石があります。

この石は10メートル間隔で2つ設置されており、「片方の石」から、「もう片方の石」へ目を閉じて歩くと恋が叶うというジンクス(由来)を持っています。

近年の調査では、この石が「縄文時代」の石であることが判明したそうです。

京都・地主神社のご利益

京都 地主神社のご利益地主神社が建立されている「蓬莱山」は、古来より、不老長寿の霊山としての信仰を集めてきたようです。

したがって、そのご利益も健康に関連したご利益も賜ることができます。

また、出雲大社にご鎮座されている「縁結びの神・大国主大神」をお祀りしていることから、縁結びの神社として、現在では、日本はもとより世界的に有名となっています。

地主神社は、桜の名所としても古来から有名で、歌にも詠われるほどの桜の名勝の地でもあります。

毎年、春先には「桜祭り」が催されています。

  • 主祭神 大国主命
  • 素戔嗚命
  • 奇稲田姫命
  • 足摩乳命
  • 手摩乳命

清水寺・成就院(じょうじゅいん)

清水寺・成就院(じょうじゅいん)この清水寺・成就院は、1484年(文明16年)に、応仁の乱で焼失した清水寺を再建した「願阿上人(がんあしょうにん)」によって建立されました。

建立された目的は、願阿上人の住まいとして建てられました。

しかし、再び、1629年(寛永6年)に焼失します。

現在、お目にすることのできる成就院は、1639年(寛永16年)に、後水尾天皇の妻・東福門院和子(とうふくもんいんかずこ)により再建されたものだと云われております。

幕末には、「月照(げっしょう)」と言われる、尊王攘夷派の僧侶が住職を勤め、ここで西郷隆盛と密談をしたと云われております

成就院は通常、拝観できない完全非公開となっており、見ることが叶いませんが、毎年、清水寺で催されている夜間の特別公開で庭園を見ることができます。

清水寺・成就院の見どころ

成就院の見どころは、何といっても完全非公開とされている「庭園」です。

非公開とされている理由も、この庭園を見れば納得が行きます。

この庭園は、日本でもなかなかお目にかけることができない見事な造りの庭園で、古来より、別名・「月の庭」とも云われております。

「月の庭」の由来

「月の庭」の由来古来、京都の洛中には「雪」「月」「花」の「雪月花(せつげつか)」と言われた、「雪の景色」、「月の景色」、「花の景色」の、それぞれが一番キレイに見える庭園があり、それらの庭園を総称して「雪月花・洛中三名園」と云われておりました。

そして、その「月」の部分にあたる庭園が、この清水寺・成就院の庭園となります。

清水寺・成就院が「月の庭」と云われる由来は、晴天の夜に庭園の「池(心字池)」に浮かぶ月の姿とその月の浮かんだ池を演出する庭園全体が、例えようのないほど、美しく、これが由来とされています。

現在の京都では、「雪」「月」「花」の庭園のうち、ありのままの姿で現存しているのは「月」あたる、この成就院の庭園しかないと云われおります。

京都・清水寺・奥の院

京都・清水寺・奥の院京都清水寺は、「洛陽三十三所観音霊場(らくようさんじゅうさんしょ かんのんれいじょう)」の「第十一番札所」にあたる札所でもあります。

洛陽三十三所観音霊場とは、京都市内の「観音菩薩」をお祀りしている代表的な「33のお寺」のことを指します。

そして、清水寺の奥の院は、有名な「音羽の滝」の頭上に建立されている寺院でもあります。

現在、見ることができる奥の院の社は1633年(寛永10年)に再建されたものだと云います。

ちなみに、「奥の院」とは、その宗派を開いた人物(宗祖)や、開山したような人物の霊魂をお祀りしている神聖な場所のことをいいます。

清水寺・奥の院で安置されている仏様

清水寺の奥の院では、以下のような仏様が安置されています。

  • 本尊:三面千手観音(鎌倉初期の作・日本最古「秘仏」)
  • 毘沙門天
  • 地蔵菩薩
  • 二十八部衆
  • 風神・雷神
  • 弘法大師像

清水寺・奥の院が作られた目的(由来)

清水寺・奥の院は、清水寺の開祖「行叡居士」開山「延鎮上人」の草案(住居)として建立されました。

  • 建築様式
  • 屋根:桧皮葺き
  • 懸造(清水寺の本堂の舞台造りと同様)
清水寺・奥の院から京都の市街が一望できる

清水寺の境内の中でも、この奥の院は京都の市街を一望できるスポットと云われおります。

清水寺へ来られる際は、カメラを忘れずに持ってきてください。

京都 清水寺・奥の院の見どころ

「濡れ手観音(ぬれてかんのん)」

「濡れ手観音(ぬれてかんのん)」この奥の院の裏手には、小さな石柵の池の真ん中に観音様の像があります。

この観音様の像を「濡れ手観音(ぬれてかんのん)」といいます。

濡れ手観音の由来

この観音像が建つ、北側には水が流れ落ちる受け皿となる「蓮華の水盤」があり、この水盤から水を酌で汲み上げて、その水をこの観音像の肩へかけると、煩悩を洗い流してくれると云われおります。

古来から「濡れ手」とは「たくさん」という意味としても例えられています。

そんな由来から「たくさんのご利益」が、得られるといった意味合いなると思われます。

「濡れ手観音」のご利益の由来

煩悩を洗い流してくれるというご利益の由来とは、この観音像は自分の身代わりとなって、一種の「水行」をしてくれて、身を清めて煩悩を洗うことができるという由来に基づいたものとなります。

ちなみに、ここで汲み上げるお水は、真下に位置する「音羽の滝」に流れ落ちるとされる「金色水(こんじきすい)」と呼ばれるお水です。

このお水の源泉は、ここよりもずっと山奥になります。

しかし、台座には「観世水」との記載があるようです。

「ふれ愛観音」(ふれあいかんのん)

「ふれ愛観音」(ふれあいかんのん)仏師・修理師の西村公朝作の像です。

目の不自由な方でも、仏に触れ合えるようにとの、西村さんの思いから彫られた像です。

  • 金属製
  • 金泥塗り
  • 高さ:約61cm

最後に・・

ここで挙げたものは、あくまでも清水寺の境内の有名どころの観光スポットを述べさせていただきました。

そんなこともあり、ここでご紹介させていただいた以外にも、京都 清水寺には、まだまだ、たくさんの見どころがあります。

ガイドブックだけは語り尽くすことのできない魅力がありますので、ぜひ、直に足を運んでいただいて、ご自身の目で確かめてみてください。

ちなみに、この清水寺の奥の院から、京都市街を見た景色は本当に絶景です。(写真家の方もたくさん訪れています)

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