京都・清水寺「経書堂」

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京都・清水寺「経書堂」

読み方

  • きょうかくどう
創建年

  • 不明
屋根の造り

  • 入母屋造、瓦葺、唐破風付き
御本尊

  • 厩戸王(聖徳太子)像
開基

  • 伝・厩戸王(聖徳太子)
所在地・問合せ先電話番号

  • 住所:〒605-0862 京都府京都市東山区清水2-223
  • 電話番号:075-561-5781

清水寺・経書堂の歴史・由来

経書堂は、清水寺の境外塔頭(たっちゅう)である、来迎院という寺院の本堂です。

塔頭とは、寺院の中に建てられた墓塔や小さなお堂のことですが、経書堂は清水寺の境内の外にあるので、「境外塔頭」と言います。

創建や歴史についての詳細はわかっていませんが、厩戸王(聖徳太子)が創建したとも言われています。

もしそれが正しければ、創建年は600年代初め頃となるでしょう。

一方で、厩戸王の写経所跡だという説もあります。

経書堂は中世の謡曲「熊野」や「経書堂」に謡われていることから、遅くとも室町時代には存在していたと考えられています。

また、「来迎院」の院号や「経書堂」の呼称は、江戸時代には浸透していたことがわかっています。

その名の通り、納経をするお堂でしたが、経書堂で行われる納経は独特で、経木(きょうぎ)に法華経などの文を書いて死者を弔ったと言われています。

経木とは、木を紙のように薄く削ったものです。

また、小石を集めて、石の1つ1つに1文字ずつ華厳経などの文字を書き、それに水を注いで死者を供養したとも言われ、これらの風習が「経書堂」の名前の由来となりました。

「経を書く堂」なので、読み方も「きょうしょどう」ではなく、「きょうかくどう」だというわけです。

経書堂は納経所としてだけではなく、清水寺を参拝する人々の休憩所としても親しまれていたようです。

江戸時代までは真言宗の寺院でしたが、現在は清水寺の塔頭となっているので、清水寺と同じ北法相宗となっています。

かつて、経書堂の道の向かい側には、清水寺・成就院の子院であり、愛染明王を祀る「法成寺」が建っていました。

法成寺の姥堂(うばどう)には、三途の川で死者の衣服を計量し、罪の重さを閻魔大王に報告する「奪衣姥(だつえば)」が安置されていたそうですが、残念ながら明治時代に廃院となっています。


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清水寺・経書堂の御本尊「厩戸王(聖徳太子)像」

  • 造立年:不明
  • 像高:約90cm

経書堂の御本尊「厩戸王(聖徳太子)像」は、一説に厩戸王本人が造ったとも言われる、厩戸王16歳の像です。

脇壇に阿弥陀三尊像を拝していると言われていますが、これらも含めて、非公開となっています。

ちなみに、境内には、「開基本尊 聖徳皇太子」の石碑があります。

経書堂の見どころ「重軽石」

本堂には、座布団の上に「重軽石(おもかるさん)」という丸い石が置かれています。

「願掛け石」や「占い石」とも呼ばれ、願い事を念じながら持ち上げ、軽いと感じれば願いが叶うのだそうです。

「何か思うことがあるのなら、仏様にお聞きするつもりで信心を込めて石を持ち上げ、軽く持ち上げられれば万事良しという印だが、持ち上げられなければ、明日は軽く感じられるように、自ら考えてみること」

とされています。

清水寺・経書堂の御朱印

経書堂では、2015年頃までは「聖徳皇太子」の御朱印が授与されていましたが、現在は中止されています。

清水寺・経書堂の場所

経書堂は、三年坂(産寧坂)が、松原通(清水坂)にぶつかる角に建っています。

清水寺の仁王門からは、徒歩で約3分です。

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