京都清水寺・奥の院「毘沙門天像」と「地蔵菩薩像」|本尊の脇侍

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京都清水寺・奥の院「毘沙門天像」【重要文化財】(秘仏のため写真なし※御影)

(画像は清水寺の有料冊子より)

  • 像高:112.4㎝
  • 造立年:鎌倉時代末期
  • 様式:表面彩色あり

奥の院の御本尊の脇侍には毘沙門天像と地蔵菩薩像が配され、これは本堂と同じ形式になる。

共に秘仏として堂内の厨子(ずし/安置する入れ物)に奉安されている。

一般的な毘沙門天像は右手に宝棒を持ち、左手に宝塔を奉戴するが、本像は右手を腰にあて、左手に三叉戟(さんさげき/鉾の一種)を持つ。

 

容姿はヒゲを生やした毛むくじゃらで、まるで三国志の劉備配下の将軍「張飛(ちょうひ)」のような風貌をしている。

鎌倉時代は承久の乱で武家が朝廷に勝利し、以後、武家が朝廷に成り代わって世の中を統治する時代へと突入する先駆けとなった時代でもある。

本像は腰に手をあててヒゲをたくわえるなど、そういった力強さがよく投影されているといえる。

京都清水寺・奥の院「地蔵菩薩像」【重要文化財】(秘仏のため写真なし※御影)

  • 像高:87.7㎝(本堂の地蔵菩薩の約2分の1サイズ)
  • 造立年:平安時代末期
  • 様式:表面彩色あり

(画像は清水寺の有料冊子より)

上記、力強さを誇示した毘沙門天像とは打って変わり、おだやかな像容をしているのが、この地蔵菩薩立像になる。

姫系スカートのような愛おしくも可愛ぃ〜ぃヒラヒラとした流麗な衣文の様は御影を通しても伝わってくる。

このような衣文の表現具合は、およそ平安中頃あたりから表現豊かに造立されるようになったことから、本像も平安末期以降の作とされる。

本堂と奥の院の地蔵菩薩像の違い

ちょぃと上掲の画像をご覧くだせぇ。

上記、画像は奥の院に奉安される地蔵菩薩像の御影となる。

奥の院の地蔵菩薩像の特徴

画像を見れば分かるように奥の院の地蔵菩薩像の持物としては、右手に錫杖を持ち、左手を持ち上げて手の平に宝珠を乗せている。あ、忘れとった‥‥『い‥‥‥申す。』ボキっ …骨折れた?

上記、毘沙門天像と同様、目の部分が玉眼ではなく彫られていることから、古様式で造像された仏像であると捉えることができます。

ちなみに玉眼とはガラスを仏像の目ン玉の部分に合わせてハメ込む技法です。

ド頭の部分は中が空洞なので容易くキレイにハメ込むことができます。

玉眼をくっ付ける際は木屎(こくそ)という木くずと漆をコネ合せたものをペタペタと塗りたくり固定します。

現在までの調査によれば、玉眼は平安時代末期の仏像にはじめてハメ込んだとされることから、玉眼を用いず直接、彫られた仏像はそれだけで年代判定の材料となります。

本堂の地蔵菩薩像の特徴

本堂の地蔵菩薩立像は「勝軍地蔵菩薩」とも云われる通り、右手に剣を持ち、左手に錫杖を持つ。

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