やはり誰も知らない過去があった!!京都・地主神社の「創建年・歴史・年表」について

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やはり誰も知らない過去があった!!京都・地主神社の「創建年・歴史・年表」について

地主神社の歴史・年表・由来

京都・地主神社の創建年

地主神社の起源は、いつ頃なのでしょうか?

神社に伝わっている資料によると「神代の時代」(かみよ/日本国ができる前)に草創した神社であるとのことです。

つまり、天皇を中心とした国が形成される前に、地主神社は存在したということになります。

近年までは、あまりにも古く確かめようもない話でした。

しかし現在は、アメリカの原子物理学者・ボースト博士によって、 本殿前の「恋占いの石」は縄文時代の遺物であることが証明されています。

縄文時代ということですから、もちろん神代の時代です。

さらにいうと、日本人が、まだシカやイノシシを追いかけて狩りをしながら生活していたような大昔から存在する神社というということになります。

京都・地主神社の年表一覧


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神代・縄文時代

歴史
神話の時代 創建、土地神として信仰をあつめる。

飛鳥時代

歴史
701年-788年 地主神社本殿の建立。

平安時代

歴史
811年 嵯峨天皇が行幸(みゆき/天皇がおいでになること)。
*桜の美しさに三度を返されたことから「御車返しの桜」との呼び名がつきました。
970年 3月9日、円融天皇が行幸。
*臨時祭をお命じになり、それが、現在の例大祭「地主祭り」の元となっています。

江戸時代

歴史
1633年 徳川家光が現存の社殿を再建。

明治時代

歴史
1868年 明治政府の神仏分離令により、地主権現社が「地主神社」として分離独立。

昭和・平成時代

歴史
1966年 6月、地主神社本殿、拝殿、総門が国の重要文化財に指定。
1975年 ご本殿、拝殿、総門、昭和の大修理。
1993年 地主神社境内地全域が、重要文化財に指定。
1994年 12月、ユネスコの世界文化遺産指定登録。

京都・地主神社の歴史

京都・地主神社の大国主大神「社殿」(神社のご神体をまつるための建物)は、飛鳥時代(701年)に建てられました。

しかし、788年に坂上田村麻呂が清水寺の鎮守社として、同年である788年建てたという説もあり、現代に至っても地主神社の創建はいっさい謎とされています。

「鎮守社」とは、寺などを祀る(守護する)神社のことです。

清水寺が778年に創建して以降は、地主神社は、鎮守社として清水寺に関わっていくことになります。

坂上田村麻呂が征夷大将軍に任命された際も、太刀を一振り奉納しています。

清水寺は田村麻呂が倒した民族の魂を沈めるために造られたとの説もありますので、地主神社にも、日本国の守りを期待したのかもしれませんね。

また、現存している社殿は、同じく征夷大将軍・徳川家光公によって再建されています。

家光公による再建は、清水寺の再建(1633年)に合わせ、同時に行ったと考えられています。

しかし明治時代に入りますと、この関係に変化がおきます。

政府より神社とお寺を切り離す命令(神仏分離令)が公布されたのです。

このことによって、地主神社は清水寺から独立した神社となりました。

しかしその後も、恋愛成就や世界遺産に登録されるなどの話題で、地主神社への関心は広がりを見せています。

地主神社は、大国主命(大国主大神)がご祭神におられるのと、恋占いの石などの影響もあり「恋愛成就の神社」として今でも有名です。

建物自体も奈良時代の建築様式を現在に伝える神社として、世界的にも重要な位置づけの神社となっています。

京都・地主神社が世界遺産された理由と世界遺産登録されている建造物の一覧

京都・地主神社の年表・歴史京都・地主神社は、1994年「古都京都の文化財」が世界文化遺産として登録されました。

地主神社は、奈良時代より、清水寺の鎮守社として扱われてきました。

そのため、清水寺と縁が深く、清水寺の一部として地主神社の以下の建造物が世界遺産に登録されています。

  • 「本殿」
  • 「拝殿」
  • 「総門」
  • 「境内」

なお、世界遺産に登録されている「古都京都の文化財」とは、17の神社・寺院・城で構成されているものです。

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