「清水焼」と「清水焼団地」の歴史と「名前の由来・理由」とは??

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「清水焼」と「清水焼団地」の歴史と「名前の由来・理由」とは??

清水寺と馴染みの深い縁起物に「清水焼」があります。

以下では清水焼の歴史・ルーツ、作り方、清水焼の制作を体験できる場所などをご紹介しています。

まず・・「清水焼」の読み方

清水焼を読む時、「しみずやき」や「きよみずやき」とも読めますが、正しくは「きよみずやき」と読み、正式名は「京焼・清水焼」になります。

清水焼の歴史とルーツ

清水焼の歴史やルーツ(起源)をお話するには「京焼(きょうやき)」から話をしなければなりません。

「京焼」とは?

京焼」とは「きょうやき」と読み、京都の窯元(かまもと)で製陶された焼き物を総じて京焼と呼称します。

よって清水焼も京焼の1つということになります。

実はかつて京焼と呼ばれていた焼き物は、かなり名前が知れ渡った焼き物で、京都中に様々な窯元が存在していました。

これらの窯元には、主に「窯元の地名」にちなんだ「にょろにょろ(~)焼」が付けられ、これらを総じて京焼と呼んでいました。

  • 京焼の窯元の例:清水焼・粟田口焼・御室焼・八坂焼・音羽焼・修学院・御菩薩池など

つまり、清水焼も「京焼の中の1つの焼物」という位置づけということになります。

この中でも粟田口焼(あわたぐち)は京焼の中では最古と云われており、京都東山区・粟田口で焼かれた京焼ということで「粟田焼」という名前が付されていました。

京焼の起源(ルーツ)としては主に以下で述べるような「奈良時代から存在する説」と「安土桃山時代から存在する説」とがあります。

奈良時代説

清水寺門前町に伝わる伝承によれば奈良時代(734年から743年頃)に、僧侶・行基菩薩(ぎょうき)によって、清水寺近くの「清閑寺(せいかんじ)」の付近で製陶された陶磁器がルーツ(起源)と云われています。

以降、京都中で製陶されるようになり、やがて「京焼」と呼ばれるようになります。

ちなみに行基とは、奈良時代の有名な僧侶で東大寺大仏建立の際、指揮を執った人物でもあります。

現在では東大寺四聖(とうだいじ ししょう)として東大寺に行基を祀る堂舎「行基堂」が造営され、静かに眠りについています。

  • 東大寺四聖:良弁、聖武天皇、行基、菩提僊那
安土桃山時代説

安土桃山時代の文化の大きな特徴として、織田信長が流行させた茶器や茶道があります。

この時代は焼き物(陶磁器)が高く評価された時代で、時には国1つと同等の価値を持つほどの茶器や陶磁器も登場します。

その陶磁器を扱う業者に博多の商人「神屋宗湛」なる人物が存在し、1605年(慶長10年)に、この人物が長年つけていた日記に「京焼」と書かれた記述が見つかっています。

以上のことからこの説が正史とするのであれば、少なくとも安土桃山時代には京焼が誕生していたことになります。

清水焼の名前が付けられた理由

実は、清水焼の名前が付けられた時代や由来については諸説あり、いつ頃から誕生したのかが定かではありません。

清水寺門前町の伝承によると、「江戸時代に名前が付された説」や「室町時代に名前が付された説」があります。

江戸時代説その1

1629年(寛永6年/江戸時代)、清水寺は大火事に見舞われ、伽藍(がらん/境内)のほとんどが焼失しています。

その後、1633年に徳川家光公による再建が行われ以前の寺観をかろうじて回復します。

この頃から清水寺へ訪れる参拝客は以前にも増して増加し、それに伴い出店する商売人も増加します。

その商売人の中には自らで陶磁器を製陶して陶磁器を販売する者も出没し、やがて五条坂の付近周辺に店を展開する豪商が出てきました。

その豪商の名前を「茶碗屋久兵衛」と呼称します。

久兵衛は製陶した陶器に金・青・赤などの染め付けを行い、見事な彩色の陶器を作り上げました。

この陶器が人気を博し、その人気に後押しされる形で清水寺の「清水」から名前をとって「清水焼」と名付けました。

これが「江戸時代に清水焼が誕生した説・その1」です。

尚、茶碗屋久兵衛は「茶わん坂」のネーミングの由来にもなっています。

茶わん坂については当サイトの以下の別ページにてご紹介しております。

茶碗坂の意味・由来

江戸時代説その2

1647年(正保4/江戸時代)以降に、五条坂で窯元(かまもと)を営んでいた野々村仁清(清右衛門)なる人物の作る陶磁器が有名になり、清右衛門によって「清水焼」が付けられたとされる説があります。

清右衛門は1647年(正保4)当時、もともと仁和寺に窯元をもつ職人でしたが、後に人気を博し京都中に窯元をもつに至ります。

以降、清右衛門の弟子たちによって様々な窯元が誕生することになり、様々な「にょろにょろ(~)焼」が誕生することになります。

これらの清右衛門の弟子たちの中にも当然、清右衛門の清水焼を継承する弟子も出てきます。

その弟子の名前を「尾形乾山」と称し、やがて師匠である清右衛門以上の人気を博すようになり、清水焼の人気を不動のものしたと伝えられています。

現在でも清水焼の伝承は受け継がれており、清水寺への参道には陶磁器を製陶する職人の工房が幾つかあります。

ただ、現在では後述する山科区に位置する「清水焼団地」の方が有名になっているのは確かです。

室町時代説

五条坂の入り口付近には看板が立っており、この看板には「清水焼は室町時代中期が起源」なる説明書きがあります。

ただし、これは上述の京焼のことを指していると考えることができます。

 

「清水焼団地」とは?

清水焼団地とは、清水寺から車で約15分、電車で約30分ほどの場所にある清水焼の窯元や、清水焼を取り扱う企業が密集した工業団地のことで、この一帯を総じて「清水焼団地」と呼んでいます。

清水焼団地には、清水焼の卸問屋、窯元、作家を始め、陶磁器原材料屋、指物師、人形師、碍子などの焼き物の業者約70軒ほどが密集しています。

しかし、もともとは清水焼発祥に地である五条坂に密集していましたが、清水寺が世界遺産の指定を受けるなどで観光客の増加し、景観や公害が過敏に意識され始めたため、現在は山科区に場所を移しています。

清水焼団地の恒例行事「清水焼・郷まつり」

この清水焼団地では、例年、10月下旬頃に「郷まつり」という清水焼の販売会が開催されます。

郷まつりは京都の秋の風物詩となっているほどの大陶器市で、例年、日本全国からたくさんの人が押し寄せることでも有名です。

2017年で43回目を迎えます。

郷まつりが注目を浴びる理由の1つに激安価格で清水焼を入手することができることにあります。

取扱点数は実に50万以上、値段も50円から100万円以上の陶磁器まで様々あります。

これら以外にも、アウトレットや訳ありの販売もあります。

もちろん、郷まつり以外の平常時でも店舗を併設している窯元では清水焼を店に並べて販売しています。

遠方から京都に訪れた方で清水焼を入手してみたい方は是非!清水焼団地へも足を運んでみてはいかがでしょう?

清水焼団地へのアクセス(行き方)

清水団地へ行くには京阪バスへ乗車する必要があります。

市営バスは山科方面へ行きませんのでご注意ください。

五条坂バス停から以下の系統の京阪バスへ乗車します。

  • 四条山科醍醐線82「醍醐バスターミナル行き」
  • 四条山科醍醐線84「醍醐バスターミナル行き」
  • 四条山科醍醐線86B「醍醐バスターミナル行き」
  • 四条山科醍醐線87B「醍醐バスターミナル行き」
  • 四条山科醍醐線88B「醍醐バスターミナル行き」
  • 四条山科醍醐線92「醍醐バスターミナル行き」

時刻表

京阪バスの五条坂バス停の場所は「東山五条交差点 東側(大谷本廟駐車場前)」になります。

下車するバス停
四条山科醍醐線88Bの場合:「清水焼団地バス停
四条山科醍醐線82、84、86B、87B、92の場合:「川田道バス停

バス所要時間は約10分から15分(乗車する系統によって異なる)
バス運賃は250円です。

京阪バスを複数ご利用される場合はバス車内で購入できる1日乗車券600円がお得です。

徒歩でのアクセス(行き方)

清水寺から徒歩で清水焼団地へアクセスした場合は所要時間:約1時間ほどかかります。

タクシーでのアクセス(行き方)

タクシーの場合は仁王門か五条坂あたりのタクシー乗り場からタクシーに乗車します。

  • タクシー料金:1500円以内
  • タクシー距離:約3.5km
  • タクシー所要時間:約15分ほど
車でのアクセス(行き方)

車でのアクセス方法は、五条坂交差点を走る国道1号線を山科方面へ直進するだけです。
途中の新大石道の交差点で右折して直進すれば清水焼工業団地が見えてきます。


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清水焼の原料・材料

原料

黒谷土
釉薬(ゆうやく)※表面のコーティング材
天草陶石・柿谷陶石の坯土(磁器土)

装飾の材料

呉須・鉄を混ぜた顔料
フリット(ガラス基材)

清水焼の種類

ご飯茶碗、湯呑み、マグカップ、抹茶碗、急須、壺、汲出碗、酒器、鉢・皿、食卓小物、花生け、煎茶道具、洗面器、

清水焼の有名な窯元・一覧

窯元一覧は以下のページまで。

清水焼の有名な窯元・一覧

清水焼 工程(作り方)

1.土もみ

土を捏ね繰り回します。
土の中の空気をすべて押し出します。
土の硬さを均一にしないと焼きあがりにムラが出ます。

2.ろくろ回し

ろくろを回して成型します。
案外簡単そうに見えて難しいです。
集中力がないと造形が変テコになります。

3.けずり仕上げ

数日乾かした後、半乾きの器を金属のヘラや竹製のヘラで削り造形します。

4.化粧掛け

白い土を水で溶いて作成した化粧泥を筆で塗りたくります。
絵付けの際、色がのりやすいのでこのような工程を行います。

5.素焼き

化粧を施した器を完全に乾燥させ600~800度の低温で焼きあげます。

6.下絵付け

呉須や酸化した鉄などを混ぜ合わせた顔料で下絵を描きます。
概ね1人の職人が下絵付けから上絵付けまで行います。

7.薬付け

発色させたり透明感を入れるために釉薬を付けます。

8.本焼

釉薬をかけたものを1200~1300度の高温で焼き上げます。
現在の窯には「電気窯」や「ガス窯」があります。

9.上絵付け

いよいよ画伯になる時間です。
金・銀と銅などの酸化物、赤絵など色を塗り上絵を描きます。

10.完成

もう一度窯入れを行い焼成した後に完成です。

清水焼の窯元の見学と体験

以下の別ページにてご紹介しております。

清水焼の体験(ろくろ回し体験)ができるオススメの窯元

清水焼の通販

おわりに・・

五条坂の付近に位置する若宮八幡宮社の境内には「清水焼発祥の地」と刻まれた石碑があります。

若宮八幡宮社の例祭として、例年8月8日から10日に「陶器祭」が執り行われ、この「陶器祭」では清水焼で装飾が施された神輿が出ます。

清水寺へ参拝した際は是非!若宮八幡宮社や陶器祭へも訪れてみてください。

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