京都・清水寺の舞台左右には建物があった!その正体とは”楽舎”?”翼廊”??

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京都・清水寺の舞台左右の建物「楽舎(翼廊)」

⬆️右端の建物は右楽舎、左側が左楽舎。手前6本柱が最長の長さを誇る。

東楽舎(東翼廊)

  • 大きさ:桁行3間幅7.5メートル、梁間2間(長さ6.6メートル)
  • 建築様式:入母屋造、甍棟、檜皮葺、木口張り
西楽舎(西翼廊)

  • 大きさ:桁行3間幅7.5メートル、梁間2間(長さ6.6メートル)
  • 建築様式:入母屋造、甍棟、檜皮葺、木口張り

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楽舎の位置

ほとんどの方は舞台から見る広大な景色に目を奪われるあまり、立ち止まることは無いと思われるが、上掲写真をご覧になれば分かるように清水寺舞台には「翼廊」や「楽舎」と呼ばれる入母屋屋根が乗った建物が左右にあるのが分かる。

この舞台左右の楽舎は、礼堂(外陣)部分に設けられているのではなく、完全にせり出した舞台上に設置されてい‥‥‥申す。セリリリルゥィァっ(せり出しただけに力を込めて‥)

本堂と舞台を正面から見た図

つまり、左右楽舎の床下(真下)はケヤキ柱で支えられる形で崖に建っていることになる。

清水寺本堂の礼堂(廊下)と舞台の断面図

画像は清水寺公式サイトより

本堂の礼堂(外陣/賽銭箱のある部分)は廊下にもなっているので、轟門から入ってきて舞台前の賽銭箱で本尊に手を合わせて、そのまま流れよく地主神社や阿弥陀堂へ行けるようになっている。

しかし楽舎は完全にせり出した舞台上に建っているので、厳密にこの廊下部分にはなぅぃ。

多くの人は舞台へ上がって眺望を楽しむことに必死なため、上(屋根)を見ることなく、そのまま先へ行ってしまぅので、楽舎の存在に気づかないのは当然といえば当然。

もしくは楽舎という独立した建物など無く、あくまでも本堂の一部だという認識のもとに気づきようがぬぅぁぃ(訳:無い)といった方が良いのかもしれなぅぃ。

楽舎の柱の数

  • 舞台上部分10本
  • 舞台下部分12本
  • 柱の形状:両楽舎とも角柱(四角形)

舞台・左右楽舎の役割

一説に、舞台を最初に建てたのは平安貴族たちという説がある。

貴族たちが舞台を建てた理由は、法楽(ほうらく)を目的としながら、自分たちも楽しむために舞台を建てたと云われる。

清水寺は天皇(朝廷)の御願寺であった背景もあり、平安貴族とはそれなりに深い縁があった。

「法楽」とは神仏を楽しませるために形なき「芸能」を奉納すること。

ここでの芸能とは、神前or仏前にて詩歌を詠んだり、舞楽を奉奏することであり、楽師が招聘されて笙(しょう)や鼓(つづみ/肩乗せ太鼓)を奏で、役者はその音調に合わせて能や狂言、伎楽(ぎがく)などを舞った。

なお、このような左右に楽舎が設けられた舞台は、貴族文化で華やいだ平安時代、平清盛によって造営された宮島・厳島神社の平舞台でも見られるものであり、当神社では「右楽房」「左楽房」などと呼び慣わされてい‥‥‥申す。ガッボゥォヒャっ(楽房だけに)

清水寺と同様、やはり舞楽や伎楽はじめ、楽器を演奏するために建てられた歴史を有する。

厳島神社の左右楽房の詳細は下記ページにて。うきゃ


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舞台・左右楽舎の歴史

舞台の左右端の楽舎は鎌倉末期まで無かった

鎌倉末期に制作された「法然上人行状絵図」の中の舞台には楽舎が描かれていない。

⬆️「四巻・清水寺説法の図 」に描かれる舞台の姿。楽舎がないのが分かる。 https://bunka.nii.ac.jp/より)

これは単に楽舎が無かったことを意味し、次いで応仁の乱を経て1520年頃(室町時代)に制作された清水寺参詣曼荼羅には楽舎が描かれていることから、楽舎は鎌倉時代末期〜室町時代末の間に造られたものという推論が成り立つ。

⬆️「清水寺参詣曼荼羅」に描かれる舞台の姿。同様に楽舎がないのが分かる。

昭和時代に床板が全面張り替えされている

1988年(昭和63年)4月、舞台板および、礼堂(外陣)東西両翼廊(楽舎)および西側車寄せの床板を新調し、全面張り替えが実施される。

張り替えられたヒノキ板の大きさ

内訳としては、長さ5m50㎝、幅33㎝以上、厚さ10㎝の木曽産のヒノキ416枚。

工事内容

高欄・大引・根太の腐朽材と一部の柱頂ならびに柱頭部を補修、懸け造り(舞台造り)の柱・貫の一部締め直し。

総工費

約1億7千万円

なお、舞台板の張り替え工事は25年〜30年、檜皮葺の屋根の葺き替えは、おおむね50年周期で予定されている。

ところで‥‥「翼廊(よくろう)」とは?

翼廊とは、本宇(身舎部分)と連接されたように見えながら、実は別の独立した形態を有する建造物のこと。

下掲写真を見れば一目瞭然で理解が進むが、清水寺の本堂を上空から見ると、舞台部分を除き、屋根がコの字型に据えられていることが分かる。

双方の楽舎が独立した建物といえるのは、本堂の甍棟(屋根頂)から流れる屋根が一旦、終わりを見せるが、そこに縋る破風(すがるはふ)を据えて、再び前方に延びて入母屋屋根を形成しているからである。

このように本宇と連接されつつも、独立した形態を有するコの字型を採るものや、一の字型で比翼式に横に広がっているものを含め、「翼廊」と呼ばれてい‥‥‥申す。ヨキュェァっ(翼廊だけに)

⬆️織姫神社 (足利市) に見られる翼廊    ※画像はhttps://ja.wikipedia.orgより

縋る破風については下記ページを要チェックやでぃ!by.彦一

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