「日限地蔵」の名前の由来とは❓安祥院の境内の様子を…..扇風機の前でア〜ってしながら知るつもり❓

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日限地蔵尊(安祥院)

創建:942年(天慶5年/平安時代)
再建年(現地にて再興):文永年間(1264年〜1274年/鎌倉時代)
中興年:1725年(享保10年/江戸中期)
開基:朱雀天皇(勅願)
中興の祖:養阿
正式名称:東山安祥院木食寺
通称:日限地蔵、日限さん
別称:安祥院、大藪山 仁王護國院
札所等 洛陽六阿弥陀めぐり第4番、通称寺の会(日限地蔵)
安置仏像:阿弥陀如来像(御本尊)、木喰不動明王
ご利益:日数を決めて祈願すれば諸願成就する(日限地蔵尊の名前の由来)

日限地蔵尊(安祥院)の御本尊「阿弥陀如来像」は洛陽六阿弥陀仏巡拝の第4番札所の指定を受ける

洛陽六阿弥陀仏巡拝(めぐり)は、清水寺の阿弥陀堂の阿弥陀如来も第3番の指定を受ける。

境内では次の六阿弥陀巡拝日をが周知されてい‥‥‥申す。アっ

日限堂へ訪れると良い日(縁日と 口説く‥‥ではなく「功徳日」!!)

  • 1月15日
  • 2月8日
  • 3月14日
  • 4月15日
  • 5月18日
  • 6月19日
  • 7月14日
  • 8月15日
  • 9月18日
  • 10月08日
  • 11月14日
  • 12月14日
  • 春秋の彼岸

※毎年変わることなし

境内の様子

日限地蔵尊❓

祠堂の修営
昭和61年3月11日 新調 下平野町 有志一同

‥‥の貼り文字が見える。

「日限地蔵」の表札が吊られるが、寺伝では地蔵堂内部に奉安される像高約2.6メートルの地蔵尊こそが日限地蔵とのこと。だとすればこの地蔵尊は‥‥‥はてさて。

日限地蔵

近くまで接近して見れないのと、前面に金網が張られた木枠に加え、御簾(戸帳)で全容が見えないので2.6メートルもあるようには見えない。

寺伝によると、本像こそが正真正銘、日限地蔵とのこと。


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四半敷きの床

豊川陀枳尼眞天

当社は境内でも、ひときわ華やいだ紅葉が観られる場所。

扁額

銅板の扁額の中に叩き出して造形された「豊川陀枳尼眞天」の文字が見える。

豊川とは豊川稲荷のこと。豊川稲荷は明治以前の稲荷信仰の総本山であり、現在の伏見稲荷大社を総本社とする稲荷信仰とは異なる。

俗に豊川系稲荷とも呼ばれる。

主祭神‥というか御本尊に陀枳尼天(茶枳尼天・ダキニテン)を据える。

陀枳尼天はインド神話の神であるダーキニーが源流とする。日本へ伝来した後、キツネにまたがる姿態から稲荷信仰と習合し、女神として崇められるようになり、特に大師・空海が開いた真言密教では宗門の守護神とされる。

だがしクぁし!

「正一位豊川稲荷大明神」「正一位吉高稲荷大明神」と書かれた扁額

今は名もなき紅落ち葉がと瓦?が積もる井戸 ….貞子ぅぉ〜お、やったのは俺じゃねぇ!信じてくれぅぃ …なんの話や

鐘楼と梵鐘

釣鐘

撞座の上に「圓照院省方」の文字が見える‥‥‥省方?

諸行無常 是生滅法 聲々萬村 杵々六合‥‥などの文字が見える。これは禅の心得を示すものか。オリジナルの文言のように思える。

台密を彷彿させる廊下の下をくぐると‥‥

「梅田雲浜先生の墓」⁉️

梅田雲浜先生の墓

梅田 雲浜(うめだ うんぴん)

幕末(江戸時代末期)の儒学者。通称・源次郎。名は義質、定明。号は「雲浜」。他に「湖南」とも。

文化12年6月7日(1815年7月13日)、小浜藩士・矢部義比の次男として誕生。「雲浜」の号は若狭国小浜海岸から由来がきてい申す。アヒョっ

1853年(嘉永6年)、ぺリー提督(アメリカ合衆国)が来航すると条約反対と外国人排斥による攘夷運動を訴え、幕政を強く批判す。

尊皇攘夷思想を掲げ、志士たちの先導役となるも、時の大老・井伊直弼が打ち出した燻煙政策ともいえる安政の大獄にて摘発され、2人目の逮捕者となる。

その後、拷問されるも口を割らずに、安政6年9月14日(1859年10月9日)に獄死する。享年45歳。

雲浜の墓は全国に数カ所ある

雲浜の墓は、この安祥院(京都市東山区)以外にも海禅寺(東京都台東区)や、松源寺(福井県小浜市)にもある。

なお、安祥院から徒歩10分圏内に位置する「京都霊山 護国神社」には「雲浜の碑」が建てられており、雲浜を慕ぅ人々の姿が散見される。

京都市指定の保存樹「ヤマザクラ」

平成16年3月指定と書かれる。樹齢150年以上とされる。

例年の見頃と開花状況
  • 4月上旬
京都市が掲げる保存樹制度

保存樹は「京都市緑化の推進及び緑の保全に関する条例」に基づき、市街地内にあって市民に親しまれている樹木または樹木の集団を指す。

規模や樹容などが所定の基準を満たしている場合のみ、その樹木の所有者および、管理者の同意を得て指定するものとする。

規模・樹容等の基準
  • 1.2メートルの高さにおいて、幹の周囲長が1.5メートル以上必要。うきゃ
  • 高さが15メートル以上
  • 樹冠の最小幅が3メートル以上
  • 生け垣では長さが20メートル以上
  • 生け垣以外の樹木の集団では、その存する土地面積が500平方メートル以上
  • 樹容が美観上優れること。
  • 周辺の町並みの景観と調和している樹木であること。
  • 樹木固有の形状を保っていること
  • 剪定等により良好な形状を保っていること
指定の選出者

京都市都市緑化推進協議会にて候補が選出された後、協議され、条例に基づく指定がなされる。

なお、「京都市都市緑化推進協議会」は平成13年12月に発足。


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日限地蔵

当寺の境内にて奉斎される地蔵尊は総高2.6mにも及ぶ金銅半跏像であり、これは霊元法皇、各宮方が寄進された多くの銅鏡が鋳込まれたと伝わる。

開眼以来、「日限地蔵」「日限地蔵尊」「日限さん」の名称で多くの人々に親しまれ、一定の日限を切って願い事をすると、開運、厄除け、安産などに霊験があると伝えられている。.

木喰不動明王

境内外観

五条坂を上っていくと石垣が見えてくる。

石垣上の玉垣に見える看板には次のように記される。

日限地蔵尊(安祥院)は近世、洛陽の行基菩薩と謳われた「木喰(もくじき)正禅養阿上人、入場の霊地とされる。

「木喰」とは五穀を断って、木の実を食する「木食行」と呼ばれる行を修する僧のこと。

境内へ入るに際しての注意点

参拝者の皆様へ

当山は宗教的信仰の場でありますから、ご参拝の意のある方につきましては一人でも多くの方に仏縁に接していただこうと願い境内に受け入れておりますが、それ以外の方についてはご遠慮いただいております。
なお、境内におきましては宗教的環境に相応しくない身成服装、境内の静寂を阻害する高声談笑、酒気帯び、を禁じております。
境内におきましては堂塔、伽藍、庭苑、環境すべてが宗教的空間であることを御認識いただき、静心にて御参拝いただき、良い仏縁を結んでいただくことを心から願っております。

安祥院  合掌

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